早朝、まずスプリットの北5km、市街からもほど近いソリン(solin)、かつてサロナと呼ばれた遺跡に行く。















































ここはローマ帝国ダルマチア(バルカン半島西岸地域)の州都であったところである。
ジュリアス・シーザーの時代ここはローマに組み入れられたのである。


向こうに見えるのはスプリット市街。

向こうに見える山と遺跡の関係から、ローマ人が都市を建設する場所のパターンが分かるような気がする。













サロナ遺跡の後、以下スプリット考古学博物館へ。
ここはクロアチアで最も古い博物館で1820年の開館である。
他のミュージアムにも言えることでかつ特筆すべきと思うのはここスプリットのmuseum はどこも古い建物と新しい内装のバランスが大変良い。クロアチアの中でも頭抜けて洗練されているように感じる。多分理由はあるはずだが現時点の私には分からない。








穴空きのサンダイヤル。初めて見ます。

ここからまた宮殿内に戻り散策。

前庭のドーム。

20世紀のスプリットの人々。
ここからは宮殿内にある民俗学博物館。ここも内装、展示ともレヴェルが高い。

こういうのを見せられるとバルカン半島に限らずいかにオスマントルコの影響がヨーロッパに強くあったかということになると思われる。にもかかわらず現在のヨーロッパの人々はそれを忘れ去りたい過去にしようとしている気もする。
なにせ今やユーロに加われば勝ち組ですもの。
湾岸戦争以降の出来事もそのような文脈で読み直す必要があると思いました。僕個人の感想ですが。







これは特別展。最近アドリア海で発見された青銅のアポロを修復した記念展。その様子が詳しくドキュメントされていた。

僕は歴史学の専門家ではないが、歴史とは固定化されたものではなくて今の発見から(あるいは未来の新たな知見から)常に更新されるべき世界だと考えると、とても魅力的な学問だと思えます。

海底に沈んでいたアポロ。

ここからまた宮殿内散策。

城壁



港。

ここからアンコーナへ向かうフェリーの船上。

9時にスプリットを出航。


今日は僕の51回目の誕生日。僕の知らない間に妻と長男が用意してくれたプレゼント。

モバイルのサンダイヤル!
これは私がいかに方向音痴であるかを示しています。
また東京にいる次男からもうれしいお祝いの言葉をもらいました。
本当に有難いことだと思います。
しかし、この年齢になって(情けないことに僕は)誕生日というのは人から祝ってもらったりする日ではなく、自分を生み育ててくれた両親に感謝すべき日なのだと「やっと」実感するようになりました。
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