terayama: 2009年3月アーカイブ
しかし、書物も都市もそれを「外側から内側に向かって集約されたもの」と見るか、それとも「内側が外側に押し出されたもの」と見るかによって、その相貌が異なってくる。」
(松岡正剛の千夜千冊ベンヤミン「パサージュ論」http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0908.html)
雨模様の中12時半発のaveというスペイン版新幹線でマドリッドのアトウチャ駅からバルセロナのサンツ駅へ。
マドリッドからバルセロナまで直線距離で420~30キロくらいか。約3時間。
列車は時速300キロを超えていた。
早いのは良い事かもしれないがおかげで車両が揺れ過ぎ。パソコンで作業するつもりが気持ち悪くなり中断してしまう。
宿はサンツ駅のそばで大変便利である。
いつも苦労しながら宿選びをしてくれている妻に感謝。
マドリッド、アトウチャ駅.中が温室、ヨーロッパで最もお気に入りの駅になりました。
バルセロナ、サンツ駅前。
まあどっちにしろ、毎日がmuseo三昧という至福の、かつ結構しんどい日々を過ごしているわけですが、マドリッドも今日で最終日。
朝、やはり宿から近くにあるティッセン・ボルネミッサ美術館へ。ここは世界第二といわれる個人コレクション(ちなみに一位はエリザベス女王)で、ボルネミッサ男爵という人の美術館。
13世紀のイタリアからルネッサンス、フランドル、オランダ、イギリス、フランス、ロマン派、そして印象派、未来派、キュビズム、シュルレアリズム、ポップアートの20世紀まで、膨大なコレクションである。
建物もネオ・クラシックの傑作といわれているらしいが素晴らしいし、展示も良い。作品が時代別、国別にバランスよく配置され、「西洋」美術史を学ぶための教科書のような美術館である。
かなりの見応え。写真は不可なのは残念だけどその方が絵を見る事に集中できるので楽である。
ここは親子二代でできたコレクションらしいが全く想像がつかない。どうしたらたった二代でこのようなコレクションが可能なのか。
1990年代日本のバブル期においても、「日本人が金の力で」有名絵画を買い集めたと何かと話題、揶揄の対象になっていた事を思い出す。
しかし、どう考えてもこれに比べれば日本は赤ちゃんみたいなものだったのですね。
その後、国立考古学博物館に移動。ここは見るからに巨大で、かなりの覚悟で入館したのであるが、工事中なのかどうか分らないがごく一部しか展示しておらず、完全な拍子抜け。
ここではアルタミラ洞窟の壁画を再現しているということに強い期待を持っていたので大変残念である。
その後遅めの昼食をとり一旦ホテルに戻り休息。
スペインにいるうちに私たちもスペイン風シエスタを必要とするようになってしまった。特に昼食にワインなどを飲んでしまうと絶対必要となる。スペインの人々の昼食は2時頃から4時。
夕食のレストランに客が入り始めるのは9時からである。(レストランが始まるのは8時頃)
私たちは夕食には付き合いきれず、夜の9時からレストランに行くという事はほとんどしなかった。
(そんなことをしたら、ますます身体がもたなくなってしまう。あぁ、日本のあっさりした食事が恋しいよ。)
夕方、元気を取り戻しプラド再訪。
2度目でも改めて感動。まだ見足りないがしょうがない。8時に美術館を追い出される。
ティッセン・ボルネミッサ美術館、プラドともに写真不可なので残念ながらイメージはない。
今日は月曜日。ここ数日のトラブルでなかなか行けなかったトレドへ。マドリッドからバスで約1時間。
トレドのバスセンターで市バスに乗り換え丘の上、城壁で囲まれた旧市街、中心部にあるサンタ・クルス美術館へ。
サンタ・クルス美術館。
中庭。
サンタ・クルス美術館の後、アルカサルという巨大要塞の横を通り(内部に入らず)町の中心カテドラルへ。ここはスペイン・カトリックの総本山らしい。1227年着工、1493年完成。壮大であり入り口も5つの門がある(迷いました)。
ここは聖具室がかなり大きな美術館になっていてグレコ、ゴヤ、ベラスケス、カラヴァッジョなどかなりのものがある。
しかし展示の仕方は最悪で絵はとても見づらい。
全体的にとにかく埃っぽく、空気が悪い。思わず「ここは本当にあの有名なカテドラルか」と妻に言ってしまう程だった。入場料もかなりとっているわりにはひどい印象。(だいたいカテドラルは無料のところが多い)
以下、カテドラル。
その後、本日の目的地「サント・トメ教会」へ。
ここはマドリッドで宮廷画家の道を断たれたグレコが死ぬまで40年住んだ自宅そばの教会。
かの有名な「オルガス伯の埋葬」がある。
この一点のためにトレドに来る価値はあるだろうと思う。
その後グレコの家を尋ねるも月曜日で休館なので外から眺めるのみ。
昨秋、リエカで薬師寺さんと話していて「グレコは今一わからん」と言ったら、「寺さん、グレコは凄いよ。スペインに行けばわかるから」と言われていたが、「にゃるほど」本当だった。
彼の空間の変形には全く独自性がある。
グレコをみていると使い古された「デフォルマシオン」という言葉が新たな意味を持って来るように思えた。
全く熱い変形であり視覚的である。
以下トレドからの眺め。タホ川が見える。
夕方マドリッドに戻る。アトーチャ駅外観。
朝早めにアランフェスの宿からマドリッドへ移動。約1時間。
ホテルはプラド美術館の近くなので荷物を置いて早速美術館へ。
フランシス・ベーコン展もやっていたがそちらには目もくれず常設展へ。(ベーコンに興味がないわけではありません。むしろかなり好きな作家ですが。)
この美術館は世界三大美術館の一つなどと言われており、今更僕がどうのと説明するまでもないだろう。ちなみに3つとはエルミタージュとルーブルとここだ。
これで一応僕はこの三つを見た事になる。
実際、傑作が目白押し、なんというか有名性だけではなくて、とにかく全体の質が驚く程高い。
その中でも無理矢理ベスト5を上げてみる。
「ラス・メニナス」を頂点とするベラスケス、
ファン・デル・ウエイデンの「十字架降下」、
ボッシュの「快楽の園」、
エル・グレコの「羊飼いの礼拝」、
フラ・アンジェリコの「受胎告知」
順不同...かな。
リューベンスもデューラーもゴヤもレンブラントもラファエロもブリューゲルもカラヴァッジオもそれぞれ良いものがあるにもかかわらずベスト5に入らないという豪華さ、贅沢さだ。
しかし別の日に来れば全く異なるかも。
一日いて、疲れ切ったが、ぜんぜん充分見たという感じはしない。時間が足りないのと体力も足りない。
再度来る事に。
久々に自分が眼の贅沢をしている感じを味わった。
写真不可なのでイメージはありません。
アランフェスの宿の中庭。今日は朝から雨模様。
プラド美術館。
この日はマドリッドに向かう。(宿はアランフェスのままである)
アランフェスーマドリッド間はバスで約50分なので国分寺から銀座に行くような感じである。
実は当初、今日トレドに行く予定だったのだ。しかしここに来てアランフェス発トレド行きの列車がないことが判明。バスもほとんどない。
原因は私たちのもっていたガイドブックが古かったためだ。それにはアランフェスがトレド行きの起点になると書いてある。実際地図を見ても位置関係からそのはずだと思った。しかし多分ごく最近に路線自体が廃線になったようで、マドリッド周辺の町に行くには必ず、一度マドリッドに行き、そこから向かわなくてはならないようになってしまっているのだ。事情は詳しくは分らないが距離的に言っても何とも不都合、不条理なな感じである。
...ということで今日はトレド行きを中止して急遽マドリッド入城である。
王立サン・フェルナンド美術アカデミー、イコー美術館、ソフィア王妃芸術センターの3つを尋ねる。
王立サン・フェルナンド美術アカデミー。
ここはプラド美術館の分室と言われている所である。
16世紀から19世紀までゴヤ、スルバラン、ムリーリョなどのスペイン絵画が中心。その他はティッツァーノ、ブリューゲル、コレッジオ、リューベンス、アルチンボルトなど。
また館内にゴヤを記念した版画専門の美術館も独立してあって現代版画の作家の展示を行っていた。
スルバラン
イコー美術館入り口。
フランス人建築家ドミニク・ペローの大展覧会が行われていた。
写真は不可。
ソフィア王妃芸術センター
ここは20世紀以降の近現代美術を集めた所である。かなり大きく見応え充分である。
ニューヨークから戻った有名なピカソのゲルニカもここにある。
ミロ、ダリ、ブニュエルなどスペイン出身の作家はもちろんのこと、それ以外の作品も傑作目白押しでかなり刺激を受けた。
またここはブニュエルもそうだが映像作品やドキュメンタリーも各所で映写していて(これは近年のプロジェクターの輝度が随分良くなったせいだが、絵画作品の隣に映像が映写されていたりして)大変刺激的であった。
ここも写真不可なのでイメージはない。
写真は不可なのだが、廊下にあったこればかりはいやがる妻に無理矢理撮ってもらった。巨大なマン・レイのオブジェ。目が開いたりつむったりします。
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